法学徒は恐竜の夢を見るか


 世界で最も短い小説を読み終えた時、そこには恐竜などいなかった。目の前にあるのは司法試験の問題集に六法、それにロシア語の辞書であった。一体法律とロシア語に何の関係があるのか。勿論、彼はロシア法学者ではない。本人も法律とロシア語の関係など考えてはいなかったし、どうも関係が必要だとも思っていなかったらしい。乱雑な頭は乱雑な机をもたらし、乱雑な机は乱雑な文章を生み出していた。つまり、彼に掌編など到底望むべくもない。世界一短い小説に憧れる男は、今日も乱文を書き散らす。たとえ彼の前に恐竜が現れようとも、恐らく何等の価値をも生み出さなかったであろう。


「どうして私の前には恐竜が現れないのか……」



男はそんなことを考えていた。恐竜が現れても良い文章が書けるわけではない。そんなことは彼にも解っていた。そうであるにも拘らず、彼はなお恐竜を望んでいた。そうだ、恐竜だ。とにかく恐竜なのだ。それでいて、その理由は彼にも判らなかった。矛盾していることは理解できる。しかし、何故恐竜なのか? 乱雑な思考はその度合いを深めていく。ただ「体験」が欲しいのか。しかし、体験に如何なる価値があるのか。求められているのは寧ろ誠実な学習、学問への情熱ではないのか。そうだ、目の前の六法は何のためにある。司法試験はどうした。而して恐竜は彼を強く惹き付ける。そもそも望んで始めた法学ではなかった。それがどうして司法試験を目指してしまったのか。司法試験と恐竜は関係があるのか? おそらくはあるまい。では、恐竜はどうして必要なのか……


 そのようなことを考えている間に、時計は10時を指していた。たっぷり1時間は悩んだようである。下手の考え休むに似たりというが、しかし、休む方が遥かに有益であろう。果たして彼は時間を浪費したのみならず、ただでさえ混乱した頭を一層掻き乱したせいで疲れ切っていた。それでいて何かを生み出したのかと言われると、これに対する答えはなかろう。結局彼は「何故なら、恐竜がいないから」という、何を意味しているのか余人には全く解らない、そんな言葉で満足したようである。そうして彼は、寝つきをよくするためにカモミールティーを飲み、日記帳の題名欄を埋めたのち、布団に潜り込んだ。


「目を覚ますと、恐竜はまだそこにいた」

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